パン屋のYAZAWA
そういえば、このブログには文章をアップするための「てきにき」というカテゴリがあったのだと思い出し、ひさしぶりに書いてみようかと思いました。実に8年ぶりの投稿ですが、たいした話ではありません。
このところ、ネット上での誹謗中傷が原因とみられる悲しいニュースを立て続けに耳にしています。
お金がある、人気がある、フォロワーが何十万人、いいねが何万個、うまくいっている人をねたみ、うまくいかない自分の境遇をうらむ気持ち。ねたんでうらむ人が目を向けているのは、おもてに見えている結果だけで、そこに至るために重ねられた努力の質と量には想像が及ばない。想像力がないから、成功のためには並々ならぬ努力が必要だという当たり前のことに気づくことができず、的外れな不満を募らせてしまう……
逆に想像力があれば、うまくいっている人がなぜうまくいっているのかが想像できます。それがわかれば自分も同じだけの努力をすれば同じようにうまくいくんじゃないかって想像できますよね。
ずいぶん前にYAZAWAこと矢沢永吉さんのファンだという人の話をきいたことがあります。彼はパン職人だったのですが「俺はパン屋のYAZAWAになる」と言って仕事に励んでいました。ふつうなら、YAZAWAのファンは自分もYAZAWAのようにステージで歌いたいと思いそうなものですが、彼には想像力がありました。
彼はステージの上で輝くYAZAWAの姿に熱狂しながら、自分はパンの世界でYAZAWAのように活躍したいと思いました。そしてYAZAWAがステージに立つために重ねてきた努力を想像し、自分自身の仕事に同じだけの努力をもって取り組みます。YAZAWAのようにステージで輝く仕事ではないけれど、ぼくはたしかに彼は「パン屋のYAZAWA」として輝いていると感じました。
同じようにYAZAWAに憧れ、YAZAWAのように自分の仕事に向き合う「豆腐屋のYAZAWA」や「クリーニング屋のYAZAWA」などもいることでしょう。現にうちの近所には「個人タクシーのYAZAWA」がいます。車をピカピカに磨き上げ、髪をテカテカにして走り回っています。ポマードの匂いがきついので、乗りたいとは思わないのですけど……。
ぼく自身も、じつは同業者よりもまったく違う仕事をする人たちに憧れることが多いように思います。同業者の仕事というのは、細かいテクニックやマネタイズなどに目がいきがちで、ともすればモノマネになりかねないですし、正直なところ同業者の活躍をねたんでしまう醜い心も持ち合わせています。
その点、異業種の人の活躍は純粋にすごいなあと認められます。とくに音楽やスポーツの分野で活躍する人には憧れることが多いです。テクニックがよくわからない分、想像は抽象の領域で広がります。抽象で想像したものを自分の仕事にフィードバックして具象に変えるのです。想像ってほんとおもしろい。
異なる分野への憧れを自分の仕事に活かす「パン屋のYAZAWA」方式は、ねたみもうらみも生まない健全な努力のスタイル。ぼくもますますこのやり方に取り組んでいきたいと思ってます。つまり俺は「絵描きのパン屋のYAZAWA」になる。
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